Aさんとその主治医

以前にいた施設でのことです。
統合失調症などを持ちながらも就労を目指している方がいました。仮にAさんとします。

Aさんの状態は非常に不安定で、外見を見ても体は前傾姿勢で肩を落とし、足は引きずるようにして歩いていました。話す言葉もろれつが回らず意味も分かりづらいのです。

とてもその段階では就労は見込めず、まずは安定した通所を目指しましょうといった状態でした。
時折、二人きりになった時に漏らす話は、これまでの経緯や心の内面のさらに濃い話ばかりで、開けたら何が出てくるか分からないパンドラの箱を抱えているかのようでした。

そしてある日、Aさんが私に訴えるように言いました。
主治医の先生が厳しいんです、と。

Aさんは人の悪口を言うようなタイプの人ではなかったので、どうしたものかと話を聞きました。
「些細なことで怒られるし、あなたの言っていることが理解できないなどと言われるんです。就労は無理だと言われました。他の患者に対してもかなり厳しいこと言ってます」、と。

詳しく聞いても確かに、そこ怒るポイント?みたいな話がいろいろ出てきました。
う~ん、どうしたものかなぁと思っているとAさんは言いました。
「佐藤さん、どう思います?」

この言葉は私が抑えていた思いを誘発しました。

というのも、私はかねてからAさんの主治医と、その処方する服薬量に疑念を抱いてきました。客観的に見てもかなりの多量多剤の服薬量であり、本人が体調のことなどを主治医に言うとじゃぁ増やしましょうかといった調子で薬の量が増えていく。私は、Aさんが飲んでいる薬の量は相当な量である事を伝えてはいましたが、減薬は主治医との関係からなかなか難しいようでした。

そして薬が増えてもAさんの調子は何ら良くならず、むしろまぶたを重そうにしてつらそうにしているのです。私は、体調が悪いのは単に統合失調症などの陰性症状などによるものではなく、多剤多量の服薬量によるものではないかと思っていました。

私は意を決して言いました。
一つは、詳しい状況は分からないがAさんの言うことが本当なら〇〇先生の言動はなかなかのものだと思う、ということ。そしてもう一つは、それだけ怖い先生で嫌な思いをして、しかも減薬が難しいというなら主治医を変えるという選択肢もあるということ。

私は医療の専門家ではなくあくまで素人であり、医療の専門家が下した判断、対応に家族でもないものが口を挟むことはなかなか恐れ多いものですが、あくまで私の考えということで伝えました。

Aさんは言いました。
「先生を変えたいです」。

ふんふん、そうそう。私は内心そう思いながら肯きます。

Aさんは続けて言います。
「けど、言う勇気がありません。言ったら何を言われるか・・・」

まぁ、たしかにそりゃそうだよねぇ。私は内心思います。

Aさんが顔を上げて言いました。
「佐藤さん、一緒に付いてきてもらえませんか?」

あちゃぁ~、そうきましたか・・・
行きがかり上、私には行くしか選択肢は残されていませんでした。

 

Aさんの通院同行することになりました。

私の立ち位置としては、基本的にはAさんは自分の気持ちや考えを伝えることができる人ですので代弁をすることはありません。あくまで立会人的第三者です。どうしてもの時は助け船を出そうと思っていました。

一方、主治医に対しては私が同席することでパワハラを抑止する意味も持ちます。

精神科病院の待合室で二人並んで待ちます。
他の患者を見ると、これらの方はどんな精神疾患を抱えてここにきているのだろうと思い、ふとチラ見してしまいます。

Aさんを見ると明らかに緊張しています。
そりゃそうです。
厳しいことを何度も言われ、怯える元凶である所の主治医本人に、ある種死刑宣告とも取れるようなことを言うのですから。
「違う病院に行きたいので紹介状を書いてもらえませんか」と。

やがて次の番になり本人はうつむいています。
名前が呼ばれました。
私は後ろに付いていきます。

部屋に入り、私は挨拶をし名刺を渡しました。
医師は名刺を受取ります。
この時、医師のタイプは大きく分かれます。

体をこちらに向け両手で受け取る人。
しっかり目を見て受け取る人。
片手で受け取る人。
カルテを書きながら見もせずに片手で受け取る人。

この時、この医師はこちらを一瞥して片手で受け取りました。
ジーンズに柄物のシャツを着てサンダルといった出で立ちです。

やがて診察が始まりました。
Aさんは主治医に促され近況を語り始めます。
主治医はカルテの方に向かい、Aさんは主治医の横顔に語りかけます。

やがて、Aさんはどうしてこの前薬が増えたのかと尋ねました。
「どうしてって、この前これこれこうだからと話したでしょ」とやや語気を強めて言います。
おぉ、聞きしに勝る威圧モードです。

Aさんは更に攻めます。この前こう言ったのはどうしてですか?
Aさんらしくないです。やけに攻勢です。
訥々と話す言葉が地味に迫ってきます。

「そりゃ、これこれこういう意味だよ」
主治医は明らかに苛立っています。確かに怖いです。
私はAさんの隣で黙っています。

やがてAさんは言いました。
「病院を変えたいので診断書を書いてもらえませんか?」
Aさんはつっかえずにしかも主治医をまっすぐに見て言いました。

一瞬、間があって、そして気を取り直したように主治医は言いました。
「そりゃぁ構わないけど・・・」

私達は目的を果たし、診察室を出ました。

病院を出て近くの薬局に向かう途中、私はAさんに語りかけました。
「いや~、ほんと怖い先生だね」

Aさんは、えっ?といった感じで返します。
「いや~、今までで一番優しかったですよ。佐藤さんがいてくれたおかげです。」

こっちが目を丸くします。
!?普段はいったいどんなんなの!?

精神科医は医療の専門家です。精神疾患を持つ方を治療する唯一の存在です。
その存在と恩恵は量りしれません。
しかし一方、カウンセリングスキルや基礎的な傾聴の訓練は学んでいません。

精神科医によっては仕事上、そういったものを自然に身につける医師もいるでしょう。
精神療法などを学ばれて実践に活かす方もいるでしょう。
ほとんどの精神科医の方はそういった何らかの対人援助のスキルを持っていると思います。

ただ、素養もなく、かつ何もそういったことを努力しない方は対人援助の基礎的なものすら身につけていないこともないとは言い切れません。私は数は少ないですが実際にそういった方に会っています。

主治医の存在が自分の回復を大きく左右する、そういったことは間違いなくあるのです。