私が以前働いていたお店では、年に3回イベントがありました。

私はその店で何年か働くようになっていつの間にか責任者となり、そのイベントでお客様の前で説明をしなければなりませんでした。

大体いつも20人ぐらいのお客さんの前での発表でした。

これって、あがり症の方は分かりますよね?

そうです。
やばいっす。
逃げたくなるような状況です。

普通の人でもこういった場面では緊張することもあるでしょう。

ただ、あがり症の人が違うのは、その時だけでなく何日も前から緊張してしまうことです。何日もというよりも何週間も、時に何か月も前から緊張し始めます。

苦しみの程度も時間も度を超えています。

私は、あがり症の方々にとっての苦痛は、この予期不安が結構なウェイトを占めるのではないかと思います。

予期不安に怯えている時はパフォーマンス能力が格段に落ちます。
なにせ、自分の意識が本来の目的から外れた所に集中しているからです。
余計な所にエネルギーを使いすぎているんですね。

そして、私は、このイベントに対してどう臨んだのかと言いますと、私の場合は徹底的なリハーサルで臨みました。

大体、イベントの1カ月前ぐらいになると毎日シャワーを浴びながら、話すべき内容を暗唱します。

「皆さん、おはようございます。それではただ今から今日のルール説明をします~」みたいなセリフを、こういう風に話し始めて、こういう風に言って・・・などといったように実際のシーンをイメージしながら喋るのです。

これ、毎日1ヶ月ぐらい続けると一丁上がりです。
さすがに覚えます。

そしていざ本番となると、さすがに緊張はいつもと同じようにシャレにならないぐらいあがりますが、結果として及第点を取れるぐらいにはなりました。

ただ、これね、本質的には何ら解決していないんですね。

これほどの準備や努力が必要なほど、危険なものなんだと自分自身に植え付けるからです。

ホントはもしかしたら自分が思ったよりも危険なものではないのかもしれないのに、です。そんなに準備していなくても大丈夫だったといったような意味での成功体験を積ませていないんですね。

こういった形での成功体験は危険です。

刀を持っている時の自分は強いなどといったような、条件付きの強さになってしまうんです。

だから、刀を持っていない時や、刀を抜く暇もなく人前で話すような時は、もうそれこそ無防備の自分に恐れおののきます。

本来あるべき姿は、刀を持たない素手の自分で乗り越えることです。
すなわち、森田療法という心理療法が言うところの「あるがまま」の姿勢です。

緊張はしてもするがままに置いておいて、自分が今なすべきことをやっていく。

そういった姿勢こそが、準備が整わなければ挑戦しないというあがり症特有の段階的思考からの脱却となっていくのです。

森田正馬は対人恐怖症の人への精神療法として森田療法を編み出しましたが、それは直接的に緊張そのものに対して対処し、緊張や不安をなくそうとする療法ではありませんでした。むしろ、それらはノータッチです。

10年以上前、森田療法のことを教えてくれた心療内科の医師は、私に言いました。

「あなたは緊張しないようになりたいと言うがそれは不可能だ。火山が噴火したとき慌てない人間がいるか?そんなことはできっこない。ただ、あなたは緊張することを気にしすぎて余計それに囚われてしまっている。そもそも人に話すのは伝えるためだ。あがらず喋ろう、緊張することがバレずに喋ろう、それは手段の目的化だ。人に伝えること、その目的に集中できた時、あがり症が治るのではなくあがることを忘れることができるようになる。」

禅問答のようですが、私にはストライクでした。
森田療法においては、あがることがなくなるのが目標ではなく、あがっても受け入れられるようになるのが目標となります。

それは、症状があるかないかに左右されるのではなく、症状があってもなくても本来の目的が果たされたかどうかを意識していくあり方です。

あがったかあがらなかったかという所を評価基準にする気分本位ではなく、目的が果たされたかどうかという目的本位の姿勢。

つまり、緊張という感情や身体症状などには一切触れずして、今その場の目的という現実世界に集中して取り組むことで、副次的に緊張の囚われから解放されていくという発想です。

あがり症の方は誰しもが言います。

またあがってしまいました。
あがらないようになりたいんです。
この緊張と不安さえなければ。

それは、まるで太陽の光が注がれた虫眼鏡で、あがり虫を見ているようなものです。

あがり虫にひたすら注目し続けてあがり虫が燃え上がってしまい、百倍返しを食らう。

私はブログでも、本でも、講座でも、言い続けてきました。

あがったかどうかに答えはありません。

私はこれからもあがり症の方々にお会いした時、言い続けるでしょう。

あがったかどうかに答えはない。
あがらないようにという問いに答えを出せる人はいない。

そうです。

あがりとは、そもそもコントロール不能なんです。

だから、あがってもしょうがないんです。
人間なんだから。

ましてやあがり症です。
そりゃ、あがるでしょう。
あがるしかないでしょう。

だから、あがっていいんです。

そう、あがっていいんです。

 

 

あがっていいんです。

 

あなたがあなたにあがることを許したその日その時、あなたの元にあがり症からの解放という贈り物が届けられるに違いありません。

<参考ブログ>
森田療法であがり症の緊張と震えを改善する三つのポイント