こんにちは。

 

勇気づけを理念に対人援助の仕事をしています佐藤です。

 

あがり症(社交不安障害、対人恐怖症)の当事者、克服者、治療者 という全ての体験を経た勇気づけカウンセラーが、あがり症に悩む全ての人のために、あがり症の仕組みや克服法、そして赤裸々な体験など、あがり症の全てを語っていきます。

 

今日、私の元に来られた女性は言いました。
「朝が来るのが怖い」

状況が厳しく先行きが見えなくなってくると、人は将来への可能性やより良い未来を思い浮かべることができなくなっていきます。そして視界が狭くなっていき絶望的気分に襲われます。

やがて一日の全てを絶望の淵に立っているかのように過ごしていくのです。

寝ている間は忘れることができます。
しかし、やがて朝が来ます。

昨日と同じ今日が始まります。
昨日と同じ今日、今日と同じ明日に怯えるのです。

私はその女性に聞きました。
「今より、ちょっとでも良くなるとしたら何が変わってますか?今との違いは?」

彼女はうつむき加減に少し考えて、絞り出すように言いました。
「分からない。想像することすらできない」と。

今日はわたしは、彼女の状況をつぶさに聞いて、これまで大変な中やってこられたことをねぎらい、ここに来たことそのものによくぞ来られましたと声をかけて終わりました。

絶望的状況や気分においては、白か黒か、ゼロか百かなど極端な思考になりがちです。
わずかな可能性を信じられなくなるのです。
つまり、明日への希望がなくなるのです。

人は例えお金をなくしても、人の信頼を失っても、不治の病となっても、明日への希望があれば踏ん張ることができるのです。
希望なき人は倒れかねません。

私が、あがり症に最も苦しんでいた頃、毎日が闘いでした。
闘いたくなんてないのにです。

毎日、逃げたくても無理やりリングの上に上げられ、症状という化け物と勝ち目のない闘いを強いられるのです。
あがり症は症状と闘っている限り決して勝つことはありません。

私はチャンピオンに対して逃げ惑う、もやしのように細い若手レスラーといったところでした。
グロッキーにななろうがなんだろうがチャンピオンは決して手を緩めませんでした。

本当に心身共に限界でした。
しかし、それでも毎日リングに立っていたのです。
限界の日々を毎日毎日繰り返していました。

その中で、立つこともできなくなりそうな瞬間が唯一ありました。

それは医師に「治らないよ」と言われた瞬間でした。
それは希望を失わせる言葉でした。
それは私にとっての蜘蛛の糸が切れた瞬間でした。

私が、今日来た彼女にこれからすべきことは決まっています。
それは希望を与えることです。

それは何も全てを解決することでもなく、大きな達成や変化を成し遂げることでもありません。
ほんのわずかのささやかな達成、小さな小さな成功でいいのです。
それを彼女ができるよう支えることです。

私がカウンセリングの軸に置いているブリーフセラピーという心理療法では「小さな変化が大きな変化を起こす」という考え方があります。

蟻の穴から堤は崩れるという諺があります。
そうです。全ては小さな一歩から始まるのです。

 

 

 


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