勇気づけを理念に対人援助の仕事に従事しています佐藤です。
このブログでは主にあがり症(社交不安障害、対人恐怖症)のことについて語っていきます。

森田療法における段階的思考というものを以前ご紹介しました。

これは、あることを完全に終えた後でないと次の行動をしないという思考法であり行動様式です。

例えば、水泳の飛び込み台の上から飛ぶとします。
よほど慣れてない限りは緊張するでしょう。
誰しもが恐怖と緊張を感じながらもエイやっ、と水面めがけて飛び降りるでしょう。

しかし森田の言う森田神経症に該当するような人々、すなわち対人恐怖症などの方々は、そうはいきません。
緊張と恐怖がなくならない限りは飛ぼうとしない所があるのです。

この思考法は自分の可能性を狭めます。

やれ、あがり症が治らない限りは挙手して質問すまい。

やれ、対人緊張が治らないとみんなとランチなんてできない。

やれ、ゼミに出るまい。
プレゼンなんてできっこない・・・

そうして自分にできないことがどんどん増えていきます。
本当はできるかもしれないことまでやりもしないのに諦めます。
そうして社会参加の機会を狭めていくのです。

これは対人恐怖症者に良くみられる完璧主義であること故の自縄自縛です。
その思考法が自らを苦しめるのです。

完全な人間などこの世にいません。
誰しもが不完全さを持つのです。

アルフレッド・アドラーは言いました。
「不完全である勇気」と。
自分の不完全な所を認めることも勇気であると。

不完全さを受け入れられず課題を避けるのではなく、不完全でありながらも課題に直面し、たとえうまくいかなくてもその自分を受け入れ認めること、それは勇気そのものであると。

私が話し方教室に通い、他の人の話で印象に残っているのは決して上手い話、流暢な話ではありませんでした。

緊張しながらも、不完全な自分をさらけ出し、人に話したくないような話を身を切るように、さらけ出す。そんな姿そんな話にこそ深い感動を覚えたのです。

今にして思えば、彼ら彼女らこそが「不完全な勇気」の体現者だったのではないかと思います。

いきなりは無理かもしれない、全てをというのも無理かもしれない。
しかし、今自分に受け入れることができそうな小さな不完全さを、まずは認めてみませんか?

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