勇気づけを理念に対人援助の仕事に従事しています佐藤です。
このブログでは主にあがり症(社交不安障害、対人恐怖症)のことについて語っていきます。

私は、あがり症になってから10年ぐらいは、プレッシャーのかかる場面を極力避けるという逃げの人生を送ってました。

私は元々は困難があると向かっていきたくなるようなタイプの人間だったので、それとは正反対の人生を送らざるを得ない自分に深く失望していました。
そしてその経験を積み重ねていくと、やがて完全に自信をなくしました。

以前、たしかこんな内容の詩を読んだことがあります。

お金をなくした人間は不幸だ。
だが、頑張って働けばまたお金を増やすことができる。

信頼をなくした人間は不幸だ。
だが、また一つ一つやっていけば信頼を回復できる。

勇気をなくした人間は不幸だ。
そこからは何も生まれない。

私は、この三番目の勇気をなくしていたのです。
この状態になった時にはお金も信頼もなくしていました。

そして、何日か前のブログに書きましたが、私のピークの頃より重いあがり症の方が知り合いにいます。
仮にAさんとしましょう。

Aさんは、そういったものを抱えながらも、ありとあらゆる機会を逃げずに正面から受け止めてきました。
Aさんの持つ見識と人間性により、人前で話す機会が必然的に数多く回ってくるのです。
しかし、Aさんは自分が最も恐れることを決して逃げないのです。

同じようにあがり症というものを抱えながらも、逃げた私と、逃げなかったAさん。

様々な心理学の源流とも言われるアドラー心理学の祖のアルフレッド・アドラーは言いました。

「いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。われわれは自分の経験によるショック―いわゆるトラウマ―に苦しむのではなく、経験のなかから目的に適うものを見つけ出す。自分の経験によって決定されるのでなく、経験の与える意味によって、自らを決定するのである」

分かりやすく言うならば、どんなハンディキャップを持とうと、どんな状況に置かれどんな体験をしようと、建設的な人生を歩むか非建設的な人生を歩むかは自分で決められるのです。

これを自己決定性と言います。

つまりあがり症とは、私にとっては逃げるべき物事であり、Aさんにとっては立ち向かうべき物事であると、自分が自分で決めたのです。

誰しもがこの世に生を受けている以上、何らかの困難や問題を抱えます。
それがあること自体が問題なのではなく、それにどう向き合えるか、それこそが重要な問題なのです。

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