どうしてこんなことで悩むんだろう・・・

なぜ自分だけが・・・などと、他の人たちがまるで別世界の人たちに思ったことはありませんか?

 

人にどう思われているか。

人前でうまく振る舞えないという不安。

飲み会でうまく会話に入れない。

 

対人恐怖症の人は確かにそうでない人たちに比べて過剰なまでに色々な事が気になります。

 

それは何故か?

 

それは、あがり症の方々が持つ不安や緊張の裏には「より良く生きたい」という思いが人一倍強くあるからです。

 

これを森田正馬は「生の欲望」と言いました。

一方、不安や緊張などのことを「死の恐怖」と呼びました。

 

すなわち、「死の恐怖」があるからこそ「生の欲望」を強く持つのです。

それらは一対です。

光と影です。

陰と陽です。

 

と、考えるならば、影をなくそう、陰をなくそう、つまり不安や恐怖という死の恐怖をなくそうという試みが、いかに天の理に背いた行動なのかわかるのではないでしょうか。

 

そうです。

私を含め、あがり症の方々は自分の後ろの影をなんとかなくそうと、消しゴム使ったり、白いペンキを塗ったりして不可能を可能にしようとしてきたのです。

 

なんと空しい時間と労力を使ってきたのでしょうか。

 

そもそもより良く生きたいという思いが強くなければあがり症などにはならないのです。

 

故にあがり症の方が本来持つ、生の欲望を発揮させていくことこそが自己実現、すなわち回復への一歩となります。

 

そのためのキーワードは「~にもかかわらず」です。

 

緊張がなくなったらやってみる、不安が収まったら挑戦するという段階的思考を取るのではなく、「不安があるのにもかかわらず手を付けてみる」、「緊張しながらでもまずはやってみる」という姿勢が大事になってきます。

 

この姿勢を支えるものとして、自分の価値観や自分がどうありたいかという思いが重要となります。

 

あなたはこのままの自分で一生を続けますか?

緊張や不安はあっても小さな一歩を踏み出してみませんか?