人前で話すのが苦手なあがり症の方の中に、就職先を選ぶにあたって、その事を加味して選択する方がしばしばいます。

たとえそれが本当にやりたい仕事と違っていても、なるべく人前に立たずに済むような仕事を最優先で選びます。

よくあるのがSEの仕事。プログラミングなどパソコンを打っていれば人と関わることは少ないだろうと。

あるいは事務職のおとなしめの仕事。

そうして、狙い通りしばらくの間は人前で話す機会はほぼないのですが・・・

そういった方々もやがては経験を積み、技術を磨き、必然的に誰かに教えるようになっていきます。

その時、起こります。
薄々は懸念していた、恐怖の「昇進問題」が。

実は、あがり症に悩まれてご相談に来られる人の結構な割合で、この悩みの方がいます。

ある印象的な方がいました。
以前、私が話し方教室に通っていた頃です。
そこに通い始める人には様々な動機がありました。

私の場合は前の職場を辞職して専門学校に通い始めたことが転機となりました。

今後の自分の進路の方向性として人前で話す機会が増えるだろうと思ったから入ったのです。

他にも学校の先生が説得力のある話し方を身につけようと思って来られたり、学生さんが面接でしっかりと話せるようになりたいから、あるいは朝礼スピーチが苦手でといったように。

そして印象的だったその方。Aさん。

某大手運輸系の会社で働いていた方で、部長に昇進することになったため、これまでも人前は苦手でしんどかったが、今度は何百人もの社員がいる前で喋らなければならないとのこと。

Aさんは言いました。
昇進の話があった時、心底悩み抜いて眠れなくなって、最初は断ろうと思ったとのこと。

しかしそれにしても、家族ある身でこの大企業での昇進を袖に振ろうということは大変なことです。

収入、名誉、やりがい、誇り、家族、自己の可能性、様々なものを脇に置いて生きる。

それがご本人にとってどれだけの重みがあるかは図り知れません。
Aさんにとっては、それほどまでに怖れるべき出来事だったのでしょう。

結果としてはその方は昇進の道を選びました。そして、やがて、人前での苦手意識を乗り越えて活躍されているようでした。

そもそも、この方は元々、立て板に水のようにスラスラと話される方でした。
なぜこの人がここまで恐怖心を抱いているのか、端から見て誰もが理解できませんでした。

けれど、それほどの能力を持っていながらも、あまりの恐怖心が自分の前に壁のようにそびえ立ち、行く手を阻んだのでしょう。

それが、話し方教室に通って場数を増やすことで自信を掴んだためか、人前で話しても緊張しなくなったと言っておられました。

この方のように180度変わるというケースも中にはあります。

それほど失敗体験の歴史がなく、元々の話す能力が高かっため、やってみたら意外にうまくできるようになったというのが実情なのかもしれません。

けれど、Aさんのようにうまくいくとは限りません。

こんな方もいました。Bさんです。
小さい頃からずっとあがり症で、極力人前を避けて生きてこられたようでした。

なのに、おそらくは元々責任感が強く、几帳面な仕事をするため徐々に昇進していきました。そしてやがては、次の昇進はもはや取締役しか残されていません。

Bさんは言いました。
次の昇進があったら必ず断ると。
もうこれ以上、辛い思いはしたくないと。

客観的には仕事ができて、部下をまとめる能力もあるのでしょう。
なのに、部下たちが堂々と人前で話しているのを聞いて極度の劣等感を感じ、それがあまりに怖くて、時に部下にその役をやらせてしまう自分を情けなく思ってしまう。

私はなんとも言えない思いで聞いていました。

他にも、管理職として積極的にリーダーシップを取っていて、傍から見たらとてもあがり症には見えないイケイケ系の女性が、内心では人前で話すのがあまりに恐怖で、事前の準備を終わりなきほどに完璧なまでにしているという方もいました。

自分があがっている所や声が震えている所を絶対に見られたくないとの強い思いで戦っているその姿に、これまた私は何とも言いようのない思いでした。

なにも、こういった重責を担うような方々ばかりではないでしょう。
人前で話すことのない職に就いたとしても、何らかの形でどうしてもその機会はやってきます。

ましてや経験を積むことは、会社での自分自身の立ち位置を必然的に上げていきます。避けることはできないでしょう。

本当は仕事をしていて認められ、給料も役職も上がることはこれほど喜ばしいことはないはずのに、昇進がむしろ悲劇になってしまう。

しかも、やりたい仕事がある会社を積極的に選んだのではなく、やりたくないことのない会社を消極的に選んだという、何か残念な選択の仕方。

いったい何のために会社に入ったのでしょう。
何のために頑張ってきたのでしょう。
これから何のために働いていくのでしょう。

確かに、役職のある立場で部下の前では絶対に情けない自分を晒したくない。
これは痛いほど分かります。
同時に本当に難しい状況です。

けれど、人前で話すことを恐れるあまりに、本当に大事なことを忘れてはいませんか?
本当に大事なことから目を逸らしていませんか?
そして、本当に大事なことのために生きていますか?

(参考動画)