(近日予定講座!)
「あがり症克服日めくりカレンダー」出版記念セミナー【新宿7/15】
あがり症というのは俗称です。
正式な医学的診断名ではありません。
日本では長年、対人恐怖症と呼ばれていました。
現在の精神科などでは、社会不安障害、社交不安症、社交不安障害、あるいはSADなどと呼ばれています。
ところで、あがり症の方は、自分自身がその苦しみに悩んでいる時、どれだけの人が精神科などに相談にいくのでしょうか?
それは、実際の苦しんでいる方々の、ほんの一部しか行かないんですね。
なぜでしょう?
それは、今とりあえずの緊急事態がなければ行かないからです。
何しろ、元々対人恐怖症と言うぐらい、コミュニケーションすることが嫌だから、あえてそんなところに行きたくないんですね。
しかも、結構な割合で自分があがり症だということを認めたくない人や、あがり症であるということを話したくない人がいるわけです。
ひたすら隠し続けたのに、あえてそれを人に話そうなんて、あまりにハードルが高いのです。
その上、地方になると都内のお洒落なクリニックなどとは違って、そういった精神科や心療内科に行くことは、結構人目が気になります。
あそこの○○さんが何とか病院に行ってたわよなんて噂に立ったら困ります。
それを想像すると、なかなか行くことができません。
そうすると、これらはどんな意味を持ってくるのでしょうか?
それは、あがり症に悩んでいる方々は、結構な割合でひたすら我慢し続けているということを意味します。
だから、あがり症予備軍、あがり症ひきこもり群というのは予想以上に多いでしょう。
更には、そういった相談機関にかからないということは、自分で自分を救おうとなります。
どうやって?
例えば、アルコールに頼ることもあるでしょう。
そういった人の中には、それが止められずにアルコール依存症になってしまう方もいます。
中には対処法が見つからず、我慢し続けてうつ病を発症する方もいます。
そういった方々には、なんとかして専門機関に相談してほしいものです。
あがり症はほっといても治りにくい病です。
パニック障害やうつ病などはほっとけば良くなることもありますが、あがり症は自分の思考法による悪循環の病なので、何十年経っても、あがり症の性質というのは抱え続けます。
今の時代、いろいろなやり方、いろいろな方法があります。
自分一人で抱えず、そういった専門家に是非相談した方がいいでしょう。
では、どういった専門家に相談して、あるいはどういった克服法をやれば良いのでしょうか。
あがり症の克服法は世に溢れています。
何が良くて何が悪いのか?一概には言えないものがあります。
論外なものもあまりに多いですが、やはり世で一定の評価を受けているものには一長一短があります。
極端な話、聴衆をじゃがいもと思うという発想でうまくいった人もいるわけです。
基本的には私はこのじゃがいも理論は否定しますが、これでうまくいったということは、私の考えと違う療法でもうまくいくこともあるという証明でもあります。
一方、世に知られるもの、しかも最も専門性かつエビデンス(実証)がなされているものですら治らなかったと言う方が、結構な頻度で私の元に相談に来られます。
その代表例はやはり精神科あるいは服薬といった所でしょう。
先日お会いした方は、最も即効性のある薬ですら一切効かなかったと言っていました。
あくまで効いたかどうかは主観の世界であり、客観性はどこまであるかは分からないのですが、そういったことを仰る方もいるわけです。
どこまで把握できているかどうかは分かりませんが、私がこれまで見聞きしてきたもののほとんどが対症療法でした。
要は、姿勢を正せば良い、薬で不安を抑えれば良い、一語一句暗記すれば良い、話し方が上手になれば良い、呼吸法を身に付ければ良い、発声法を訓練すれば良い、場慣れすれば良い、等々といったものです。
これらはなるほど、軽減することもあるかもしれません。
しかし、果たしてこれで本当に完全に回復するのでしょうか?
対症療法は症状を生み出す本質的な仕組みにはアプローチしません。
だから、対症療法で治っても再発したり、あるいはまた別の悩みが生じるのが、ある種必然です。
なぜ、こうも言い切れるのか?
そこには、あがり症を発症させる仕組みにこそあります。
その仕組みとは、症状へのあり方と、この世界へのあり方や見方にこそあります。
症状へのあり方とは、症状へのこだわりや執着といったものです。
症状を抑えよう、あるいはなくそうとして逆効果となっている点。
そしてもう一つのこの世界へのあり方や見方とは、あたかも敵国にいるかのように振る舞って、他者の中に自分を否定する要素を毎日毎時探しまくること。
この二点があがり症を維持させる原動力となっているのです。
そうして生活習慣病のようにこのあり方を維持・強化しているのです。
あがり症はこういった悪循環の仕組みの帰結なのですから、これら症状へのあり方と生き方の改善なくして、本当のあがり症克服はないのではないかと思うのです。
特に、私は生き方や見方が変われば、あがり症を治さずしてあがり症は改善するに違いないと強く思っています。
当たり前です。
他者を仲間と思って、自分は失敗してもいいと思えたら、あがる必要はなくなるのですから。
あがり症に悩む方は、今目の前の苦しみを逃れようとして、益々迷走していきます。その目は木を見て森を見ていません。
本質を理解し、それを元に一歩一歩前に進んでいくことが、結局、あわてんぼうのうさぎさんよりカメさんの方が先に着くのと同じ道理なのです。
(参考記事)
人は与えることで与えられる~社会不安障害克服の本質
(参考動画)