ニーバーの祈り

私たちは日々様々な感情を体験しています。

それは嬉しいとか楽しいといった望ましい感情だけでなくつらく苦しい感情ももちろんあることでしょう。
生きるということは感情を体験することと言っても過言ではないのかもしれません。

感情には、愛、憎しみ、怒り、妬み、嫉妬、不安、恐怖、喜び、失望、悲しみ、羞恥、等々様々な感情があります。

これらの感情が何かの機会で湧き上がるのは自然なことであり、人間である以上誰しもが体験することなのではないでしょうか。

 

ですから、そういった感情が生まれるのは自分が弱い人間だからだとか、情けない人間だなどとは思う必要は本来ないはずです。
湧き上がる感情それ自体には責任がないからです。

しかし、あがり症の方々は、湧き上がる感情をあってはならないこととして否定します。

そして、完璧主義者であるあがり症の方々が、不安や恐怖という一点の曇りを打ち消そうと躍起になればなるほど、曇りがやがて暗雲となり自分の心の中を覆い尽くしていくのです。

そうしてやがて危険回避を図るために行動が抑制的になっていきます。
活動を控えるようになるのです。

 

しかし、よくよく考えて頂きたいのは、湧き上がる感情には責任はないと言いましたが、湧き上がる感情があっても行動する、ということには責任はあるのではないでしょうか。

本来、人にはチャレンジし、失敗する権利があります。
完全に回避的傾向になってしまったあがり症の方は、苦手なことに挑戦する権利、失敗する権利を放棄してしまっているのです。

 

私は重度のあがり症でした。
その不安や恐怖がどれほど苦しいものか知っています。

しかし、私はどうしても言いたい。
その生き方で一生を過ごして果たしていいのでしょうか?

 

感情は意志の自由にならないが、行動は意志の自由になります。
行動は私達自身が決められるのです。

私たちは、変えられることと変えられないことをしっかりと見分け、そしてささやかな一歩を踏み出していく必要があるのではないでしょうか。

最後に「ニーバーの祈り」という有名な祈りをご紹介させていただきます。

<ニーバーの祈り>
神よ
変えられないものを受け入れる静けさと
変えられるものを変える勇気と
そして変えられるものと変えられないものを見分ける英知を与えてください

 

逆説的指示

逆説的指示という技法があります。
この技法は私は使ったことはないんですが、非常に興味があるのでご紹介させていただきます。

この技法を使っているのは、アドラー心理学、家族療法家ジョン・ヘイリー、20世紀のベストセラー10に入ったアウシュビッツ体験記である「夜と霧」を書いた心理学者ヴィクトール・フランクル、20世紀最大の天才セラピストのミルトン・エリクソン等々のそうそうたる面々がこの技法を好んで使っています。

これは文字通り、逆説した指示を出すことです。
例えば、部屋が汚いんですと言えば掃除してはいけません、もう確認行為を止めたいんですと言えばもっとやるように、不眠症患者には寝ないように、等々の指示を出していきます。

もちろんクライエントは混乱しますよね。
眠れないって言ってるのに寝るな?なにそれ?といったところでしょう。

 

そもそも困難ケースでは、これまでクライエントの方は様々な工夫をしたり専門家に相談してきたことでしょう。

強迫性障害なら確認しないようにとか、不登校の子には学校に行くようになどと言われたのに、うまくいかなくて今があるのです。
これまでと同じような指示や治療ではなかなかうまくいかないことは想定できます。

これはブリーフセラピーという心理療法の哲学である「うまくいっていないのなら何か違ったことをせよ」とも通じるものがあります。
これまでのパターンを変えうる可能性があるのです。

 

不安神経症の方を例に挙げてみましょう。

人前で字を書くと緊張して手が震えてしまう書痙の方がいるとします。
「人前で字を書かなければならない時どうしても手が震えてしまうんです」と訴えるクライエントに、では今この場で実際に書いて手を震わせてくださいと指示するのです。

「え?」ですよね。

ペンを持って震わせようとしても、わざとだと却ってうまく震わせることができません。

あれっ?変だな?となるのです。
ここでクライエントは何かしらの気付きを得るのです。

実は、これ、逆に手が震えてしまってもいいのです。
手が震えてコントロールできないと言っていたクライエントに、手を震わせるようコントロールすることができましたね、と返すのです。
きちんと手を震わせることができるようになれば、逆のこともできるようになる可能性があります、と。

前述したように、私はこの技法は使ったことがないので、恐らくこんな展開になるのではないかということで書いています。
この技法は丁寧に使わないとリスクもあると思いますが、きちんと対象を見定めて使えば非常に効果的ではないかと思っています。

 

あがり症の方に「では今から思いっきり緊張しまくってください」とか、「声を震わせて見せてください」などと指示したら、何か化学変化が起こるやもしれません。

あがり症のケースに限らず、相手とリスクを見計らって安全な所から試していきたいと思っています。