あがり症の方は「かくあらねばならない」という意識が非常に強いです。
特に人との交わりにおいてより一層強くなります。

「かくあらねばならない」、「こうあるべき」という「べき思考」は、自分を縛ります。

ここでは合わせなきゃ。
ここは何かいいこと言わないと。
ここはビビってないふりをしよう。

人の思惑を気にし、それに沿うように発言する。
それは、さながら自分ではない誰かを演じるようなものです。

感情面でもそうです。

不安になる自分がいます。
恐怖を感じる自分がいます。

これは人として当然のことです。

不安や恐怖という感情は、危険を察知しそれに備える行動を促すものであり、これなくして人類は生き残れなかったに違いありません。

しかし、あがり症の方はこの不安と恐怖をあってはならないこととして排除しようとし、そこから悪循環が始まります。

人間本来の自然発生的に生じる感情を、いじくりまわせて感情の反発を食らってしまうのです。

このあり方は、言いたいこと言ってギャハハと笑っている噂好きのおばちゃんとは正反対の位置にいます。

あそこのご主人がどうの、あそこの奥さんがどうの、好きだの嫌いだの、上司がむかつく、等々言いたい放題の人々や、あるいは、きゃーショック~、緊張する~、やったー、等の感情や思いを素直に吐露する人々を見て時に羨ましく感じることもあるでしょう。

そこには良かれ悪しかれ自己一致があります。

一方、あがり症の方々は自己不一致しているのです。
自分を生きていません。

かくあるべき自分と現実の自分のギャップ、それが自分を苦しめます。

本当は人とうまくコミュニケーションしたいのに、本当の自分の思いや考えを言わずに他者を演じることでかえっておかしくなり、コミュニケーションが苦痛でしょうがないんですね。

あがり症の方々に必要なことは自分の感情と自己表現を一致させることです。

不安なら不安な言動をする。
嬉しいなら嬉しいと喜ぶ。
あまり喋りたくない時は喋らない自分でもいい。
苦しい時は苦しいと言う。
緊張している時は緊張していると言う。

感情と自己表現が一致すること。

あがり症克服の心理療法である森田療法の創始者、森田正馬は言います。

「死の恐怖は、夏暑く冬寒いと同じく、ともにこれを否定することのできない感情の事実である。同様に吾人の欲望を達することができない不満も、これをあきらめんとすることも、死を恐れないようにすることと同じく不可能である。不可能をそのままに不可能と覚悟するときに、初めて吾人は外界環境における客観的事実に絶対服従し、煩悩を離脱することができる。」

必然的に湧き上がる感情は、加工する必要はありません。
不安と恐怖は、ただただそのまま感じきれば良いのです。
死は怖いし、恐れないようになんてそうはできません。

そうして自分を守る仮面を外し、外套を脱ぎ、自分をさらけ出す。
その「あるがまま」の姿勢が逆説的に自分を守るのです。

森田は対人恐怖症などの不安神経症の患者にとって望ましいあり方を、正に「あるがままに」の姿勢で生きることにこそあるとしました。

「あるがまま」とは、言葉で言うだけでなく行動面でも「あるがまま」に生きていく必要があります。

では、具体的にどのようにすればいいのか?

それは、緊張や不安、恐怖、震え、どもり、赤面等々の症状があってもそれはそのままにして、今目の前にある物事に集中する、今目の前のことに取り組むということです。

緊張がなくなってから行動するという姿勢ではなく、びくびくするならびくびくするがまま、緊張するなら緊張するがまま人前で話す。伝えるべきことを伝える。

不安がなくならない限りみんなとのお茶会に参加しない、飲み会に参加しないというのではなく、不安にかられながらも、え~い、ままよとばかりに参加する。

緊張と不安に対処している限りはあがり続けます。

ならば、緊張や不安がありながらもそれはそのままにして恐怖突入することにこそ症状克服の鍵があるのです。

しかし、そうは言ってもと考えて、あがり症の方はあがらないための取り組みを何度も何度も繰り返します。

そんな方にお聞きしたいのです。

あなたがこれまであがらないようにと取り組んできたことで、あがり症は良くなりましたか?

まず、うまくいかなかったのではないでしょうか?
その姿はまるで海で溺れる人のようです。

海で溺れます。
必死にもがきます。
手足をバタつかせます。

しかし思うままになりません。
もがけばもがくほど益々溺れます。

そうではなく、むしろ体の力を抜いて波に身を任せることで逆に水面に浮かびます。

あがり症も同じなんですね。
もがけばもがくほど溺れます。

むしろ緊張の波に身を任せることで水面に顔を出すことでしょう。

もう一度言います。
緊張の波に抗えば抗うほど溺れます。
緊張の波に身を任せるのです。

その時、あなたは緊張の波がやがて収まっていく瞬間に気づくに違いありません。

そうして、あがることをなんとかしようという試みが不可能であると完全に理解し、覚悟したとき、あなたのあがりは単なるあがりになり、症状は固着せず流れていくのです。

あがり症とは治すことに答えはありません。

あがり症とは症状への囚われから解放され、症状に注目を向けないようになっていった時、あがり症を治さずして忘れるようになっていくのです。

(参考記事)
森田療法であがり症の緊張と震えを改善する三つのポイント