今日は不安と欲望の仕組みについてお話ししていきたいと思います。

相談に来られる方に、不安で仕方がないんですとか、本番前で緊張がひどくてどうしたものかという方がいます。

当日だったらまだしもいいんですけれども、それこそ人前で話す本番の一週間前、一か月前くらい前からずっとなります。

仕事している時でもその不安に覆われてしまったり、なかなか仕事が手につかなくなったりします。

集中力もなくなるし、この不安を何とかしたい何とかしたいっていうふうに思って、そこで色々始めるわけなんです。

ちょっと深呼吸してみようかしらとか、ちょっと考えないようにしようかしらとか、いろんなこと考えてしまうわけなんですけども、まあ人間ってなかなか考えないように考えないようにって言っても、考えざる得ないかなと思います。

なぜなら自分が一番恐れていることなので、それとどうやって付き合っていけばいいかっていうことなんですが、この緊張この不安をなんとか減らそうということでみんなアプローチするわけなんですけど、そこにある過ちがあります。

そもそもです、そもそも不安というのは不安一つでは成り立たないものなんですね。

不安の背景には欲望がある。

欲望と言うと変な表現かもしれませんけれども、こうなりたい、こうありたい、人前で上手く話したい、ちゃんと堂々と話したい。

だからこそ、そうならないかもしれないという不安が生じる。

不安があるというのは欲望の裏返し、欲望があることは不安の裏返し、この二つがあってこその一つなんですね。

欲望のみでは成り立たない。

欲望だけだったら・・・そんなのありえるんでしょうかね。
ちょっと想像もつかないです。

けれども、そうならないかもしれないという不安が必ずいるはずですよね。

このどちらかをなくそうとした時、何が起こるかというと仙人様になっちゃうんですよ。

何もいりませんっていう風になったら確かに不安は感じないかもしれないけれど、人が人である以上必ず欲望もあるし、同時に不安を生じる。

そこで不安を何とかしよう何とかしようとそこに集中してやるわけなんですけれども、そこがあがり症がはまっていく理由になっていきます。

これ結構、言葉で言えば理解する人がほとんどなんですけれども、当事者の方って意外にこだわってしまってここに執着してしまう。

とは言えってなるんですけど、どうしたらいいんでしょうかっていうことでまた症状の方に目を向けてしまって、緊張をなんとかしたい不安を何とかしたいと。

そもそも緊張と不安とは、人間本来の感情なり根源的なものですので、そこはなくそうと言ったってそうはなくならないわけですね。

ただ、この極度の緊張をなんとかと言ってそこを何とかしようとするわけなんですけれども、ここに対してのアプローチはなかなかうまくいかない。

じゃあどうすればいいか。

不安と欲望は一対。
5対5とします。

欲望の方にアプローチせず不安を何とかしよう不安を何とかしようといじってると、5が6にも7にも8になっていく。

ああなるんじゃないかこうなるんじゃないかという風になっていく。

本来、自分がこうなりたいな、こうありたいな、こういうことしたいなあっていう欲望が段々減っていくんですね。

3になって2になって1になって、1対9の現実生活が不安で覆われるようになっていくわけです。

そうすると行動も減っていく。

健全な行動、より良く生きる大元の行動が減っていくんで、不安原理主義、いわば不安をもとにして行動していく。

ここに答えはないんですよ。

森田療法の祖、森田正馬が考えたあり方っていうのは不問療法って言います。

症状、恐怖、緊張、不安、一切タッチしない。

そうじゃなくて、この健全な欲望をいかに膨らましていくか、たとえ緊張したとしても不安であっても、そこを膨らましていくことで自動的に、不安が9あったのが8になって7になって、こうやって削っていくんですね。

そうして欲望のままに本来やりたいこと、やるべきこと、あるいは今必要なことを、あがりながらも、緊張しながらも、震えながらもやっていくと、次第に次第に気持ちや気分がが良くなっていきます。

気持ちが後からついてくる。
あがり症の方は感情をなんとかしてから行動しようとする。

そうじゃないんですよ。
行動することで感情が後からついてくるっていうことなんですね。

ここを履き違えてる。
これを段階的思考て言います。

感情が落ち着いたら、緊張がなくなったら、不安がなくなったら、次の段階の行動をしよう。

これはある種、人生の嘘です。

飛び込み台の前に立って緊張がなくなったら、不安がなくなったら飛び込もうという人がいます。

果たしてすんごい高い飛び込み台の前で、崖のバンジージャンプの飛ぶ所で緊張しない人がいるでしょうか?恐怖を感じない人がいるでしょうか?

それが落ち着いてから、深呼吸しようかなと思うわけなんですけれども、決してそれはなくなりません。

飛び込み台の前で立ち続ける人になるあがり症の方で多いのは、良くなるかもしれないという可能性の中にずっと生き続ける人がいる。

そして行動しない選択をずっとしていく。
5年10年と。

そうじゃない。

まず行動してから、後から感情がついてくる。このあり方こそが必要なのではないでしょうか?

今日は不安と欲望についてお話ししました。
ありがとうございました 。

※以下のポッドキャスト音声配信を文字起こししたものです。
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