症状を治そうとすれば悪化し、症状を諦めたら治っていく

あがり症に有効な心理療法に森田療法があります。

森田療法の創始者である森田正馬は、森田神経質というあがり症等の性格傾向の人が治るために必要なこととして、大きく二つのことを言いました。

それはヒポコンドリー性基調の改善と精神交互作用の打破です。

ヒポコンドリー性基調とは、一言で言えば気にしすぎ症候群ですね。

あぁでもない、こうでもない。
あぁなるんじゃないか、こうなるんじゃないか。
あぁしようか、こうしようか。

一体どっちやねん!と突っ込みたくなりますが、本人からすればいたって大真面目です。
ていうか生きるか死ぬかぐらいに悩んでます。
症状のことも気になって気になってしようがありません。

このモードに入った時は、何を選択してもうまくいきません。

なぜなら何を選択しても結局はそこに囚われているのですから。

そうして気にすれば気にするほど余計気になってしまうことを精神交互作用と言うのですが、これも永遠の悪循環のループのようにはまってしまいがちです。

悪循環である以上、これまでと同じことをやっていたら必ず悪い循環で回り続けます。

つまりは、この循環に変化を与えれば自然に回らなくなります。

その悪循環の輪を壊すのは、ざっくり言って二つ。

一つ、もっともっと気にしてください。
気にし足りないんです。
中途半端ではいけません。
気にしまくってください。

そしてもう一つ、症状が良くなることを諦めてください。
だって、無理でしょ?
これまで良くなったことありましたか?

という、あがり症専門カウンセラーからのあまりに酷な?コメントでした。
しかし、症状が軽くなることを本心から諦めて開き直れた時、必ずや大きな変化があるでしょう。

症状を治そうとすれば悪化し、症状を諦めたら治っていく。
あがり症はパラドックスの病なのです。

 

あがることを執着するか手放すかの違い

あがることへの執着

人間誰しもあがります。
普通の人?もあがります。

あがり症の方は、こんなに緊張するのは自分だけと思いがちです。
ところがそうとも言えなないんですね。

普通の人もしっかりあがるし、汗びっしょりで、時には声が震えちゃう人もいます。

じゃあ普通の人とあがり症の人は何が違うのか?
それはあがることへのあり方です。

普通の人はあがったとしても、「緊張する~」といった感じで普通にそれを表現して、緊張しながらもなんとか話して、終わったあとは「あ~緊張した~」で、はい終わり。

何が違うのか?

あがることを否定していないんです。
あがる自分を否定していないんです。

つまりはあがることへの執着がない。

ところが、あがり症の方は、あがることをあってはならないと否定します。
あがっている自分を否定します。

つまりはあがることへの執着がある。
そして執着すればするほど、余計はまっていく。

つまりはあがることを執着するか手放すか、あがることをこだわるか受け入れるか、その違いなのです。

あがることをなんとかしようという発想こそが、神にでもなろうかというだいそれた発想なのかもしれませんね。