こんにちは。

勇気づけを理念に対人援助の仕事をしています佐藤と申します。

あがり症(社交不安障害、対人恐怖症)の当事者、回復者、治療者 として、あがり症に悩む全ての人のために、あがり症の仕組みや克服法、そして赤裸々な体験など、あがり症の全てを語っていきます。


このブログを始めた頃にも触れましたが、一応確認として再度書いておきます。
あがり症と対人恐怖症と社交不安障害の扱いです。

一応、これら三つの用語は厳密には違いがあります。
ただ、三つとも該当していた私から言わせるとどうでもいいじゃんという思いがありますので、このブログではほぼ同じような意味で用います。
必要な時には、区別して書いていきます。

それで、あがり症(社交不安障害、対人恐怖症)の方には、感情の波が日々襲ってきます。
大波~小波~ではないですが、本当にひっきりなしにやってきます。

小波だからまだましという考えもあるかとは思いますが、小波の連続で真綿で締め付けられるような思いをするのもまた苦痛です。
あの、いや~な予期不安は正にそれに当たるでしょう。

また、日々の出来事で恐怖や不安場面を連想させる瞬間でも簡単にドキッとします。
このドキッも心臓に響くんですよねー。

もちろん、恐怖場面の大波も当然地獄です。
もう真冬の日本海ですね。

これだけの不安が襲ってくるのにもかかわらず、あがり症の方はその感情を除去しよう、あるいはコントロールしようとして直面化を避けます。

感情を体で感じてはいるけれど意識としては避けるんですね。
だから感情が表出されない。

本当は恐怖であり、不安であり、羞恥心であり、怯えであり、焦りであり、様々な感情が去来しているのです。
そこに蓋をするのです。

蓋をするから中が煮えたぎるのです。
様々な感情が表出されずにグツグツ煮えたぎって鍋が揺れるのです。

あがり症の方に必要なことは、蓋を外すことなのです。
そして感情を表出することなのです。

じゃあ、感情を表出するとは一体どういうことか?

それは、まずは自分の感情に気付くこと。
そして、その感情を認めること。
そして、その感情を言語化すること。
そして、それを書く、つぶやく、話す、といった何らかの手段で表に出すこと。

これだけでも習慣づけることができれば少し楽になります。
その先には、あってはならない自分を許し、受け入れることというステップが待っています。

今、この文章を書いていて改めて痛感します。
私は本当に厚い蓋を両手で押さえつけていたなぁと。
しかも全体重を乗せて。

緊張することだけでなく、ありとあらゆる感情をまるでちゃんこ鍋のようにごちゃまぜにしていました。
もう十分、苦しんだと思います。

今、回復の道を歩いている私に、ではもう苦しむことはないか?と聞かれるならこう答えます。
生きている以上苦しみからは避けられないと。
あがり症の苦しみがなくなってきても、前に進む限りまた違った苦しみが襲ってくるでしょう。

ただ、以前の私と違っているのは苦しみに対するあり方です。
かつての私は、苦しみから目をそらし、怯え、逃げまどい続けました。

しかし、もうそんな自分は嫌なんです。
本っ当にイヤです。
冗談じゃない。
ゼッタイゼッタイいやだ。
断じて嫌だ。

私はあがり症であっても、人として恥ずべきことをしたわけじゃない。
人として道徳的な過ちを犯したわけでもない。
あがり症で何が悪い。

もう逃げるのは嫌なのです。
私の今年の抱負は、あがり症が治った前提で行動することです。

だから人前に立ちます。
人前で話します。

私は人前で話すことを仕事にしていきます。

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