こんにちは。

勇気づけを理念に対人援助の仕事をしています佐藤と申します。

あがり症(社交不安障害、対人恐怖症)の当事者、回復者、治療者 として、あがり症に悩む全ての人のために、あがり症の仕組みや克服法、そして赤裸々な体験など、あがり症の全てを語っていきます。


人に価値観があります。
企業に理念があります。

私はこういったものを非常に大事なものと考えています。
例え明確な言葉で表現できないとしても、誰しもが持っています。

これが人においては生きる方向性という意味で、企業においては進むべき道という意味で、羅針盤となるものです。

去年、ベストセラーとなった百田尚樹氏の「海賊と呼ばれた男」に出てくる出光興産の創業者、出光佐三は立志伝中の人物です。

出光佐三は第二次大戦の終結となった天皇の詔勅の日から二日後、生き残った60名あまりの社員の前で次のように訓示しました。(以下「海賊と呼ばれた男」より抜粋)

「愚痴をやめよ」

「愚痴は泣き言である。亡国の声である。婦女子の言であり、断じて男子のとらざる所である。」

「日本には三千年の歴史がある。戦争に負けたからといって、大国民の誇りを失ってはならない。全てを失おうとも、日本人がいる限り、この国は必ずや再び立ち上がる日が来る」

「ただちに建設にかかれ」

「昨日まで日本人は闘う国民であったが、今日からは平和を愛する国民になる。しかし、これが日本の真の姿である。これこそ大国民の襟度である。日本は必ずや再び立ち上がる。世界は再び驚倒するであろう」

これが敗戦二日後、全国民が脱力し米軍の占領に怯えおののくような雰囲気の中で発せられた言葉です。

会社のほとんどが海外の占領地などにあり、敗戦によりそれら全てが失われることを意味していました。

社員の誰しもが会社の解散を宣言されると思っていた中で、発せられました。
「ただちに建設にかかれ」。

出光興産の将来を担う幹部たちは体が震え熱くなったと言っています。

そして別の機会に幹部たちの反対する中、出光佐三は言います。
「ならん!、ひとりの馘首(かくしゅ)もならん」

誰も辞めさせないと言うのです。
残ったのは借金だけ、石油会社なのに売る石油もない。そんな中で出光佐三は言い切りました。
そしてそれを実践したのです。

何故こんな話をするのか。
実は私は「致知」という雑誌を購読しているのですが、その中に大石邦子という作家の対談が載っているのを昨日読みました。

その中に出光佐三のことが出ていたのです。
大石邦子は、出光興産の社員でした。

しかし交通事故により昭和39年、22歳の時に右手だけしか動かせない体となり、自ら退職しました。
そして2年後、その情報を知った出光佐三は本社人事部長に言います。

「それは本当か?」と。
そして言います。
「君は自分の子供が病気になって動けなくなったら、その子は要らないと言うかね」

そして雪深い真冬の会津にいる彼女の元に駆けつけました。
自分の会社を辞めて2年がたつ元社員の女性の元に。

彼女は絶望のあまり自殺を図りましたが失敗していました。
そんな彼女を亡くなる直前まで励まし続けたのです。
経済界で全世界にその名を知らしめた人物が激務の中で。

大石邦子は対談の中で言います。
「出光さんに何か傷を付けるような生き方だけはしてはいけないと。これまで生きてきて一番強く心に誓った方でした」と。

これを読み、私の中で「ならん!一人の馘首もならん」と言った小説の中の言葉と、大石邦子の対談での言葉が完全につながりました。

出光佐三は教育者でも医療福祉者でもありません。
一企業家です。
しかも海賊と呼ばれ様々な敵と戦い続けた男です。

その一企業家がその生涯に渡り、どれだけ多くの人に勇気と希望と生きる力を与えたことか。

私は対人援助の仕事を生涯行っていきます。
その理念は、勇気、希望、生きる力を与えること、と考えています。

私は出光佐三の足元にも及びません。
しかし、そこに少しでもいい、近づけたらと気持ちが引き締まる思いになった一日でした。

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