こんにちは。

勇気づけを理念に対人援助の仕事をしています佐藤と申します。

あがり症(社交不安障害、対人恐怖症)の当事者、回復者、治療者 として、あがり症に悩む全ての人のために、あがり症の仕組みや克服法、そして赤裸々な体験など、あがり症の全てを語っていきます。


いつか書かなければならないと思っていましたが、ふと思ったので今日書きます。
私のあがり症体験記です。

百の理論を言おうが、一つの事実の前には風の前の塵のようなものです。
ですが詳細を書くとあまりに長くなるので、概略として2、3年前に話し方教室に通っていた時のスピーチ内容で代替えさせてもらいます。

その話し方教室では複数の教室があり、定期的に全てのクラスの生徒が集まって合同授業というものが行われていました。その際にスピーチコンテストが行われ、幸い私のスピーチが優勝となった時のものです。

以下になります。(原文ママ)

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17歳の夏、私の人生は変わりました。

それまでの私は、文武両道で前途洋々の未来が待ち受けているかの様な人生だったと思います。
しかし、同じクラスの女の子が国語の授業で声を震わせながら教科書を読んでいるのを見た時から私の人生は変わりました。

まるで感染したかのように私もあがり症になってしまったのです。
私は自分で作り上げたかくあるべしという自分のイメージを守るのに必死で、緊張していることがバレないようにと、そう見えないふりをすればするほど余計緊張し症状は悪化していきました。

そして忘れもしない地理の授業でのことでした。
もうその頃の私は、授業でいつ当てられるかと常にビクビク怯えているような状態でしたが、運命の神様は容赦しませんでした。

怯える私に「じゃ次の所、読んでと先生。
一瞬で心臓の音は跳ね上がり、読み始めたもののうまく息が吸えません。
次第に声は震えていき、みんなの顔が上がり私の方を向くのが分かりました。
教室はざわめきました。
私は声を震わせたまま読み終え、抜け殻のように着席し、しばらくの間、顔を上げることができませんでした。

自信満々に生きてきた私の心は、ガラスのように粉々に砕け散りました。

そしてある日授業をさぼって学校の裏山の中腹にある精神病院に行きました。
プライドの高かった私にとって、頭がおかしくなった人が行く所と思っていた所に、まさか自分が、こそこそ人目を忍んで行ったという事実は、深く心を傷つけました。

やがて大学に入りました。
学校にはほとんど行かず、パチンコ、競馬、麻雀と遊びまくりました。
しかしこれには二面性がありました。

一方では遊び、しかし一方では逃げでした。
フォーマルな場が怖かったのです。
教科書を読む授業、発言せざるを得ないゼミは可能な限り避けました。
おかげで6年半かけて卒業、そして社会人になりました

不思議なことに自分の問題から逃げれば逃げるほど状況はどんどん悪化していきました。

その頃の私は朝から晩まで常時緊張しているような状態でした。
それでもそれがバレないようにと無理矢理平静な振りをしました。
表情はなくなりまるで能面のようになりました。
能面の下に隠されたむき出しの心は、
さながら張り裂ける寸前の風船のようなものでした。

仕事はミスの連続でダメ社員として上司には徹底的に怒られ、同僚にはバカにされました
四六時中緊張しているような極限の状況に心身ともに疲弊し、ある日、あまりの苦しさに心の中で何かが切れました。
「冗談じゃねぇぞコノロー!」
声には出しませんでしたが、間違いなく叫びました。

それは、誰にも聞こえることのない、内なる絶叫でした。
そして誓いました。
「もし、もし万が一、この心の病が治ったなら、この病により発揮できないでいる自分の才能を、自分だけのためでなく他の誰かのために使ってやる!」と。

そして30歳の時、ある心療内科の先生との出会いが再び私の人生を変えました。
開口一番言われました

「治らないよ」。

目の前が真っ暗になるという言葉を肌で感じました。
これが一生続くのかと。

先生は続けて言いました。
「治らないけど忘れることはできる」
「え?」。
意味が分かりませんでした。

「火山が噴火した時慌てない人間がいるか。
君のも同じだ。
緊張することをなくすことなんてできっこない。
ただ、君は緊張しないようにと人より強く意識することによって余計それに囚われてしまっている。
人に話すのは伝えるためだ。
あがらず喋ろう、緊張することがバレずに喋ろう、それは手段の目的化だ。
人に伝える、その目的に集中している時、緊張することが治るのではなく、忘れることができる」と。

私はその日から逃げることを止めました。
緊張すればするがまま、びくびくすればするがままに、自分の首根っこを捕まえ人前にさらし、
何度も何度も恐怖突入してきました。

やがて薄皮がはがれるように症状は改善していき、気が付いたら以前とは違う自分がそこにいました。
今では緊張することをだいぶ忘れるようになりましたが、それでも緊張してあのいや~な苦しみが起きることもしばしばあります。

しかし、今の私はた
とえ緊張して失敗してその時は落ち込んでも次の日には立ち直るようになりました。

人は自分のあり方を選択できるのです。
今の私は失敗に絶望する自分ではなく、折れても折れても立ち上がり、前を向く自分でありたいのです。

そして私は強く確信しています。
人は断じて変わることができる。
誰もが今よりより良く生きられるはずだと。

ここにいらっしゃる皆さんも話し方に悩んだり、苦しんだり、あるいは人生において様々な困難な状況にあった方もいらっしゃると思います。

目の前に横たわる困難に気の遠くなる思いをすることもあるかと思います。

しかし、私は思うんです。
この世に意味のないことなど何もないと。

なぜ?
どうして?
自分が?
とまで思うような困難の中にこそ人生のかけがえのない大事なものが詰まっているのではないか。

私にはそう思えてなりません。

最後に私の好きな話をご紹介させて頂きます。

朝顔の花は朝の光を浴びて咲くのだと思われていました。
そこである植物学者が朝顔のつぼみに24時間光を当ててみました。

どうなったか?
花は咲きませんでした。
朝顔の花が咲くには、朝の光が当たる前に夜の冷気と闇に包まれる時間が不可欠だったのです。

この朝顔という言葉を人間に置き変えるとどうなるか。

人がその人生で花を咲かせるためには、光が当たる前に夜の冷気と闇に包まれる時間が必要不可欠なのです。

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