こんにちは。

勇気づけを理念に対人援助の仕事をしています佐藤と申します。

あがり症(社交不安障害、対人恐怖症)の当事者、回復者、治療者 として、あがり症に悩む全ての人のために、あがり症の仕組みや克服法、そして赤裸々な体験など、あがり症の全てを語っていきます。


普段、社会生活を送っている中で、周りの人が大事な場面に臨む時などに、「緊張する~」などと話すのをよく耳にします。

私はこういった言葉を耳にするたびに、不思議な思いに駆られます。
と、同時にうらやましい気持ちも湧いてくるのです。

なぜなら、私はこの言葉がどうしても言えなかったのです。

17歳の時にいきなりあがり症になって37歳ぐらいまでの間の約20年、自分が緊張している、あるいは緊張するという言葉を発したのは正直ほとんど記憶にありません。せいぜい心療内科医に言ったぐらいでしょうか。

私は徹底して自分があがり症であることを隠して生きてきました。
私は人からこう見られるべき自分像、そしてこうあるべき自分像があまりにも高かかったため、自分があがり症である事を人に知られたのなら自分の人生は終わりだとまで思っていました。

自分は人より優れていなければならない。
自分は強くなければならない。
自分には弱みがあってはならない。

今考えるとあまりにも愚かですが、それは当時の私にとっての真実でした。
ですから自分の内面では受け入れざるを得ない「緊張する」自分であっても、それをひた隠しにしなければあるべき自分との整合性が取れなかったのです。

そういった思考を続けていく中で、やがて「緊張」という言葉そのものが恐怖の対象となりました。
見るだけでドキッとします。
その言葉を何らかの文脈で発しなければならない時は戦慄が走りました。

私は「緊張する」などとは口が裂けても言えなかったのです。
ですから「緊張する~」などと言っている人を見ると不思議でなりませんでした。
同時に、それをためらいもなく言えている姿を見て、羨ましい気持ちがこみ上げてくるのです。

この苦しみはいつまで続くのかと絶望的な思いに駆られることもありましたが、今、あれやこれやの道を辿ってきた私は、客観的に見てリカバリーの8合目あたりまで来ているのではないかと思います。

あがり症は自分への囚われの病です。
自分視点からの解放が回復への道となります。

つまり他者視点、あるいは他者への貢献が回復につながるのです。
他者を救うことが自分を救うのです。

私は自分の経験を無駄にはしません。
いかなる負の経験でも活かすことができます。
この世に意味のないことなど何もないのです。

私はかつて最も恐れていた、人と話すこと、人前で話すことを通して、悩める人に希望や勇気を与えることを生業にしていくつもりです。

今月末、カウンセラー向けに認知行動療法セミナーの講師役をしてきます。
まぁ、例によって、始まる直前が緊張のピークになるでしょう。

私は、同じく講師役を務める相棒に言うでしょう。
「いや~緊張する~」

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