自ら助くる者は自らを助く

以前にも書きましたが、私が以前話し方教室に通っていたとき、そこに来る生徒の方々は向上心の高い方々が非常に多かったです。

資格試験、働きながらの学校や大学、マラソン等々、皆さん色々なことにチャレンジしてました。もちろん私もそうでした。

おしなべてあがり症の方々は向上心が高いタイプの人が多いと思います。

なぜなら、向上心が高いからこそあがり症になったとも言えるからです。
理想と異なる現状を妥協して受け入れることできないんですね。
向上心がなかったら、あるいは低かったらあがり症になってなかったという人は数多くいると思います。

あがり症の方は、たった一点の曇りが気になります。
そしてその曇りを打ち消すために自分の全能力を集中させますが、それは決して叶うことのない望みなのです。

ということは、そこに注ぎ込んだ膨大なエネルギーを違う方向に向かせることができれば?と考えることは不思議ではないでしょう。

そしてその通り、あがり症の克服者は社会で活躍されている方が非常に多いです。
尋常ならぬエネルギーを健全な方向に向かせれば、確かに何事かをなしても不思議ではありませんよね。

では、健全な方向に向かせるにはどうすれば良いか?

それは一言、目的本意に生きることです。

自分がどう生きたいか、どうありたいかの目的や目標を明確に持つこと。
そもそもこのままの人生で良いのでしょうか?

そして、例え緊張することはあってもその目的に沿って行動すること。

これまで、あがらないようにとやってきたことを、あがっても今、ここでなすべきことに集中させること。シンプルに言えばこれが全てです。

全てのものは変化します。
人も同様です。
今と同じ自分が一生続くことはありません。

あなたは自分の人生の主体者です。
自らの意志で変わることができるのです。

自ら助くるものは自ら助く。
2015年1月1日、意志を持って自分の人生を変える一歩を踏み出してみませんか?

 

自分の人生は自分で決められる

このブログでは主にあがり症(社交不安障害、対人恐怖症)のことについて語っていきます。

私は、あがり症になってから10年ぐらいは、プレッシャーのかかる場面を極力避けるという逃げの人生を送ってました。

私は元々は困難があると向かっていきたくなるようなタイプの人間だったので、それとは正反対の人生を送らざるを得ない自分に深く失望していました。
そしてその経験を積み重ねていくと、やがて完全に自信をなくしました。

 

以前、たしかこんな内容の詩を読んだことがあります。

お金をなくした人間は不幸だ。
だが、頑張って働けばまたお金を増やすことができる。

信頼をなくした人間は不幸だ。
だが、また一つ一つやっていけば信頼を回復できる。

勇気をなくした人間は不幸だ。
そこからは何も生まれない。

 

私は、この三番目の勇気をなくしていたのです。
この状態になった時にはお金も信頼もなくしていました。

 

そして、何日か前のブログに書きましたが、私のピークの頃より重いあがり症の方が知り合いにいます。仮にAさんとしましょう。

Aさんは、そういったものを抱えながらも、ありとあらゆる機会を逃げずに正面から受け止めてきました。Aさんの持つ見識と人間性により、人前で話す機会が必然的に数多く回ってくるのです。
しかし、Aさんは自分が最も恐れることを決して逃げないのです。

同じようにあがり症というものを抱えながらも、逃げた私と、逃げなかったAさん。

 

様々な心理学の源流とも言われるアドラー心理学の祖のアルフレッド・アドラーは言いました。

「いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。われわれは自分の経験によるショック―いわゆるトラウマ―に苦しむのではなく、経験のなかから目的に適うものを見つけ出す。自分の経験によって決定されるのでなく、経験の与える意味によって、自らを決定するのである」

 

分かりやすく言うならば、どんなハンディキャップを持とうと、どんな状況に置かれどんな体験をしようと、建設的な人生を歩むか非建設的な人生を歩むかは自分で決められるのです。

これを自己決定性と言います。

 

つまりあがり症とは、私にとっては逃げるべき物事であり、Aさんにとっては立ち向かうべき物事であると、自分が自分で決めたのです。

誰しもがこの世に生を受けている以上、何らかの困難や問題を抱えます。
それがあること自体が問題なのではなく、それにどう向き合えるか、それこそが重要な問題なのです。