昨日のあがり症を語る⑱でも書きましたが、あがり症を克服していく過程では必ずどこかで恐怖突入しなければなりません。

 

そして、その時自分を奮い立たせるものは、自分のどう生きたい、どうありたいかという価値観であったり、良き伴走者や良き理解者の存在です。

 

今、アドラー心理学がブームとなり、書籍店の新刊コーナーにおいて賑わせています。

そのアドラー心理学の日本の草分け的存在で、私が私淑しているヒューマンギルド代表の岩井俊憲氏は、勇気と共同体感覚の重要性を書籍においても、日頃の言動においても繰り返し述べられています。

 

一部、著書から抜粋します。

 

「私が『勇気づけは困難を克服する活力を与えること』と定義したように、勇気づけは、たんに相手に活力を与えるだけでもないし、ましてや相手をいい気持にさせるものではありません。勇気づけの対象となる人が、困難を伴なう課題に直面したときに、本人の自立心と責任感をもとに克服できるよう支援するのが勇気付けでもあるのです。

 以上から勇気づけの理論をまとめると、賞や罰(恐怖)で動機づける代わりに、相互尊敬・相互信頼の関係を基盤とし、共感的な関わり方をしながら、共同体感覚に即した方法で、当人の人生の課題(ライフタスク)の克服を支援することが勇気づけなのです。」 ー(勇気づけの心理学.岩井俊憲)

 

 

共同体感覚とは、尊敬・信頼・共感の態度のことを言い、岩井氏は共同体感覚を備えた人の特性として次のようなものを挙げています。

 

①仲間の関心に関心を持っている<共感>

②自分は所属グループの一員だという感覚を持っている<所属感>

③仲間のために積極的に貢献しようとしている<貢献感>

④関わる人たちと相互に尊敬・信頼し合う<相互尊敬・相互信頼>

⑤進んで協力しようとする<協力>

 

 

人は一人では生きられません。

人との関わりでのみ、自分自身が存在し得ます。

 

私は、悩める人たちがこういった共同体感覚の場に所属し、互いに勇気づけられることによって、大きな回復をしていくと思っています。

 

私はいずれ、あがり症の方々向けに、こういった共同体感覚で自他ともに触発されるようなワークショップを開催していきたいと思っています。

 

そして、何よりもやりたいのが勇気づけ。

勇気づけることは勇気づけられることです。

与えることは与えられることです。

 

「人のために灯を燈せば我が前明らかになるが如し」-日蓮