私は普段、障害者の就労支援の仕事をメインにしてやっています。

つい最近、私が担当している方から私の職場に電話が入りました。

 

「担当を佐藤さんから別の人に変えてもらえないか?」

そしてその理由として、「佐藤さんは、心の弱い立場の人間に対しての言葉が冷たいから」と言ったとのことでした。

 

これは、我々対人援助の仕事に就いている人間にとって、言われて最もつらい言葉の一つです。

 

私がこの仕事をやってきた中で、担当を変えてほしいと言われたのは3人目でした。

前の二人はそれぞれ色々な背景があったものの結構グサッときた記憶があります。

 

ところが、今回、この言葉を聞いた時、私の心は全く揺らぎませんでした。

 

なぜなら、実際にこの方に対してはやや素っ気なく対応してきたからです。

本人の楽しよう、得しよう、都合の悪い時は押し黙ろう、といった自己中心的に思える姿勢に嫌な気持ちを感じていたからです。

 

まして、この電話がある2時間前、私はその方から社会的に理不尽とも思えるようなお願いをされたため、理由を話して、それはできないと淡々と繰り返し述べていたのです。

 

粘っていたその方は、やがてあきらめて、「そうですか、わかりました」と言って電話を切りました。

 

そのすぐ後の「担当を変えてくれ」という話だったのです。

なので私は「ほう、そうきましたか」と、ショックを受けることもなく全くの冷静な気持ちでいられたのです。

 

 

ところがでした。その何日か後、あるセミナーに参加した時のことでした。

そのセミナーでは東豊先生という業界屈指のセラピストの先生が、カウンセリングの実演や講演をなされました。

 

天才的なそのカウンセリング技術で知られるその先生が言った言葉は、驚くべき言葉でした。

 

クライエントは来た時点から回復の過程にあり、私はカウンセリングが始まる前から治ることを確信している、と言うのです。

 

さらに、心理療法においてはP循環が大事であると言いました。

P循環とは、ポジティブな言葉、例えば「愛」、「思いやり」、「感謝」、「安心」といったような言葉で示されるようなコミュニケーションの循環であり、そういった言葉の循環をクライエント自身の心の中や対人関係で形成していくことがカウンセリングの究極の目的だと言うのです。

 

天才的技法で知られる先生がこういったシンプルなことを話されたことが逆に強い印象を与えました。

 

 

翻って、私が前述した、担当を変えてくれと言った方に対しての私の対応はどうだったか。

 

この方はずるい所があり、こういった性格の歪みはそうは治らない、と考えていた。

そしてP循環どころか、「不信」、「疑い」といった目線でその方を見ていた。

ポジティブなコミュニケーションなど欠けらもなかったのです。

 

 

この東先生の話を聞いて私は揺らぎました。

当然の対応だと思っていたものが果たしてそれで良かったのかどうか。もう少し暖かみのある対応はできなかったのか。

私はいまだに複雑な気持ちでいます。

 

 

あがり症の方の回復の過程においては、必ずどこかで自分の最も恐れることに恐怖突入しなければなりません。

その時に大切なことは、自分のことを良く理解してくれている人の存在です。

それが支えとなってチャレンジする勇気となるのです。

私はこうした方々を理解し支える支援者となれるのか。

 

今回のケースの方への支援では、その方を理解し支えるべき支援者としてなんら良い循環を生もうともしなかったという意味において、私の対応は失敗だったと言えるでしょう。