皆さんの身近に完璧主義の人っていませんか?

理想が高くてかくあらねばならないという人。

上司とかでいると大変ですよね。

これぐらいでいいのでは、と思いきや微に入り細に入り突っ込まれる。

そんな重箱の隅まで~という所まで突っ込まれる。

身近にこういう人がいると気が抜けずにピリピリして疲れることもあると思います。

ただ、一方、こういった人がいる効用もあります。

組織にいれば、その人の存在は抜けやミスが少ないということで貴重な存在にもなるかもしれない。

また一方、例えばアスリートなどオリンピックを目指す人ぐらいになると、より高い理想と完璧主義で自分を高めていかなくては、とてもではないですがメダルなど取れないでしょう。

では、あがり症の人はどうか?

一般にメンタルヘルスに何らかの困難さを抱えている人は物事の捉え方に歪みがありますが、あがり症の人も例外ではありません。

 

あがり症の方は完璧主義の要素が強いです。

「こうあらねばならない」とか「こうあるべき」など。

特に、白黒思考と呼ばれる白か黒かという極端な考え方が強い所があり、中途半端な灰色など許容できないんですね。

 

ただ、ここまではいいでしょう。

なんせその特徴はオリンピックのメダリストになれるぐらいの才能なのかもしれませんから。

 

問題は完璧主義の対象となる物事の性質なのです。

 

アスリートの方は、例えば朝4時に起きてランニングなどのトレーニング、そして日中はダッシュ何本、筋トレ何百回、徹底した食事管理、等々、完璧主義の対象はコントロールできるものです。

そして自分の惰性に打ち勝とうとします。

 

一方、あがり症の方はどうか?

湧き上がる緊張、大事なことを目の前にした時の不安を、あってはならないことと打ち勝とうとします。

 

考えても見てください。

例えば自分の人生がかかった受験や就活、昇進、結婚、独立等で不安にならない人がいるのか?

向井理やガッキーに告白する時緊張しない人がいるのかどうか?

そんなの無理でしょう。

 

あがり症の人は、湧き上がる緊張や不安を断じてあってはならないこととして否定し、抑え付け、コントロールしようとします。

いわば不可能を可能にしようとしているのです。

 

これを思想の矛盾と言います。

 

アスリートの方々は大舞台でもちろん極度の緊張に襲われるでしょう。

ただ、彼ら彼女らは果たしてそれをコントロールしようとしているのか?

 

彼ら彼女らは本来の目的に向かって邁進する一方、付随する緊張や不安を否定せず受け入れるでしょう。

 

あがり症の方々は本来の目的などどこかに置き忘れ、付随する緊張や不安を排除しようと全能力を傾けるでしょう。

そしてそこ意識を集中することにより緊張や不安をより肥大化させていくでしょう。

何か間違っていませんか?

 

 

湧き上がる緊張や不安は苦しくとも否定せず一旦脇に置いて、今目の前にあることに意識を集中し、こなしていくこと、それがあがり症の回復の第一歩となるのです。