森田療法と出会ったことがきっかけとなり、私の人生は変わっていきました。

私は、あがり症を克服していく過程の中で、将来的には同じように苦しんでいる方々の為に何らかの貢献ができないかとずっと思っていました。

そして、そういった場を求めて5年ほど前、生活の発見会という自助グループに参加しました。

(生活の発見会とは、対人恐怖症、不安障害、強迫性障害など、いわゆる森田神経症と呼ばれる症状を抱えている方々が、同じような悩みを持ちながらも支え合い、助け合いながら成長していく会のことで、40年以上の歴史がある全国的に広がりを持った自助グループのことです。)

その初めての生活の発見会の中で、4~5人のグループになり、たしかそれぞれの体験や思いを順番に語っていきました。

その中で、ある50~60歳位ぐらいの男性の方が仰っていたことは、人と一緒にいたり人と話すことがつらいということでした。

そのため、例えば家の玄関を出る時、知り合いがの姿が見えるとすぐさま玄関を閉めて通り過ぎるのを待って、誰も知っている人がいないのを確かめてから玄関を出る。

あるいは、この会が終わって帰る時、誰かと一緒に並んで話しながら帰るのがつらいのでタイミングを見計らって帰っている。

そういったことをお話しされました。

そして、私の番です。

私は思いの丈を話しました。

自分が回復者であること、そして同じように苦しんでいる方々の為に少しでも役に立てるのなら自分の経験を語りたい、と。

今、考えるとおこがましいと言うかなんと言うか赤面ものですが、率直な思いを語りました。

その時でした。

その50~60歳の男性の方が言いました。

「信じられない」

そして続けて言いました。

「あがり症が治るということがあるのか。

私はいろんな事をやってきた。

いろいろ試したがどうしても治らなかった。

そうしてこの年になった。

残念だがおそらく一生治らないであろう」

私は、ただ黙って聞いていました。

複雑な思いが交錯しました。

ただ、感じたのは確かにこの方は治らないであろうと。

なぜなら、私は勝負の世界に長年身を置いてきたので、言葉の重みを知っていたからです。

弱気な思いを言葉に出すと結果は得てしてそのような結果になりがちです。

だからボクサーなど格闘家は試合の直前、不安な思いを打ち消すかのように、俺は強い、などとしきりに繰り返すのです。

発した言葉というものは、我々が想像する以上に重いものです。

その男性は、「治ることは信じられない、私は治らないだろう」と言いました。

思いは実現します。その思いが強ければ強いほど。

言葉も同様です。

発した言葉は実現化します。

その男性は「信じられない」のではなく「信じない」という決断をしただけなのです。

「治らないだろう」ではなく「治らない」という決断をしただけなのです。

私は毎日、様々な思いを抱える方や、その親御さんに会っています。

その中で、相手に発する言葉にはすごく気を使っています。

私は抜けている所があるので、突っ込まれるようなことを言ったりドジなことをすることがありますが、相手の勇気をくじくような言葉だけは断じて吐かないようにしています。

そして確信していることがあります。

それは、様々な心理療法がある中で技法よりも何よりも大事なことは、希望を与えること、そして勇気を与えること、そしてそれができる支援者としての暖かみであり、あり方だということです。