あがり症に類似するもので対人恐怖症、社交不安障害(SAD)などと色々な呼び名で呼ばれているものがありますが、それぞれ診断基準の違いや内容などで微妙な違いはあるものの、ここではほぼ同一のものとして扱っていきます。

説明上、分ける必要がある時は分けて扱います。

 

私自身は、17歳のころにいきなりあがり症になり、その後18年ほど苦しんできた人間です。

今では8割、9割方回復して日常生活を送っています。

残りの1割、2割は、同じように何らかの心の悩みや生きにくさを抱えている人達を勇気づけていく実践の中で回復していくのではないかと思っています。

 

こういった他の誰かの為にという発想は、最も症状がきつい時は欠けらも思いつきません。
少なくとも私はそうでした。

もう、自分の症状にばかり囚われているんですね。

 

人にどう思われたか、あがり症がばれてしまったんじゃないか、来週の会議であがってしまうんではないか、声が震えてしまった、もう終わりだ、etc…

 

印象的な経験があります。

 

私は3年ほど話し方教室に通っていました。

そこでは月に一回、合同授業と言って各教室が一か所の会場に集まりいつもより多い人数で授業をしていました。

 

そして20、30人と生徒がいる前で3分スピーチなどを発表していくのですが、自分の番が直前になると壇上の傍の待機スペースに座ります。

そしてそこに座った人は私もそうでしたが、自分の前にスピーチしている人の話をほとんど聞いちゃいないんですね。

 

原稿に必死に目をやったり、そわそわ落ち着かない様子だったり、もう、上の空なんです。

そして、いざスピーチが終わって人の話を聞くかと思いきや、今度は自分のスピーチの振り返りで頭がいっぱいになります。

 

あがり症の人は、誰かに積極的に悪いことをするという意味での自己中の要素は非常に少ないのですが、自分のことばかりを見て他の人への視点がおろそかになるという意味での消極的自己中の要素を高く持っているのです。

 

いわば、自分のことばかり考えて自分の為にあれやこれやと図ることが却って仇となり、自分を苦しめる悪循環の輪に陥ることになるのです。

 

この悪循環を打破することが回復への一歩となります。